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2024.06.07

6月8日(土) サタプラ 特派員レポート(by.たっく)

昔の人のお墓の話・・・錦町「金冠塚古墳」(by.たっく)

写真左はいわき市の南部、錦町にある「金冠塚古墳」の入り口案内板
上部に写っているコンクリート部分は国道289号線道路の裏側、
この上を車が走っています。右手の壁は橋脚です。

右の写真はその古墳。
直径約28m高さ3m近くということで小高い丘のように見えます。
北東の部分には鳥居が建てられています。

(写真左)南側に回ると石室の上部と思われる大きな石が見えます。
 戦時中、石室は防空壕として使用されたこともあったそうです。
 戦後、本格的な発掘作業が行われ、その際金冠など貴重な品々が出土したそうです。
 出土品が運び出された後、石室内が見えていた時期は、
子どもがその中に入って遊んだりしている姿も見られました。

 現在は、石室の中は見えない状態です。
(写真右)古墳の上部には石の祠(ほこら)が立てられています。
 塚の上部には、クスノキ、カヤ、イチョウ、サクラなどと思われる大木が茂っており
 その姿は国道289号線の跨線橋を走行時、茂みとして見えます。

 

金冠塚はいわき市にある貴重な文化財ですが
その実態についてあまり知られていないように思います。
現在までのところ、どんなことがわかっているのでしょうか。

1、 金冠塚は6世紀末から7世紀初頭の円墳
(『まほろん夏のてんじ・・・金の冠鐵のかぶと』パンフレットによる)

2、 金冠塚から出土した金冠は、金冠のパーツである可能性の高い
3つの透彫飾金具(すかしぼりかざりかなぐ)ということです。
この出土品により金冠塚と呼ばれるようになったそうです。
3つは、金銅(こんどう)といって銅の上に金メッキしたものとのことです。
これらがどのように組み合わせて使われたものか推測されてはいますが、
確定ではないようです。

なお透彫飾金具などの出土品は、東京・上野の東京国立博物館に収蔵されており、
現在は展示されていないということです。

他に出土した須恵器(古墳時代に焼かれた陶質土器)なども同館に収蔵されています。
興味のある方は、東京国立博物館のホームページからご覧いただければと思います。

3、 冑(かぶと)を形作っていたたくさんの鉄のパーツも出土したそうです。
それらのパーツは皮のひもなどでつなぎ合わされることで冑の形になっていたと
考えられるそうです。(こちらは、現在県立博物館所蔵となっています)
他に、ガラス製小玉、琥珀玉、直刀片、馬具なども見つかっているそうです。

4、 金冠塚の中からは13人の遺骨が見つかったそうです。
この13人のうち何人が男性で何人が女性だったのか、
お互いどのような関係だったのかは現在のところわからないそうです。

5、 塚から8世紀初頭の遺物も出土していることや 埋葬の状態などから、
少なくとも2度以上の追葬が行われたのではないかと考えられるそうです。
そして百年近くにわたって使用されたと考えられるそうです。
※古墳時代後期には、古墳に複数人埋葬されるという場合は多く見られるようです。
※古墳の被葬者は男性の場合も女性の場合もあるそうです。
※被葬者はどのような人物だったのかを特定するためには、
遺骨や副葬品について調べるそうです。
遺骨からはその人がどのようなものを食べていたのかなどもわかるそうです。

・・・調べているうちに分かってきたのは、
金冠塚について現在でもわからないことがたくさんあるということです。
いわき市には金冠塚の他にも非常にたくさんの様々な遺跡があります。
身近にありながら案外知らない遺跡について、
新たな発見や研究によりさらに解き明かされていくことを期待しています。

(byたっく)

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