蛭田まい(以下蛭田):
いわき市の子育てにまつわるさまざまなお話を伺うみんなでサポトーク。5月のゲストをご紹介します。「児童発達支援センターわくわくキッズ」管理者 新妻陽子さんです。よろしくお願いします。
新妻さん
よろしくお願いします。
蛭田
はい。先週はですね、発達障害の子と定型発達の子の違いということで、お話をいただきましたちょっとしたことなんだけれども、やっぱりそこが親御さんにとっては問題で、というお話をしていただきましたけども、今日は、どんなお話でしょうか。
新妻さん
はい。先週、違いがあるんですよってお話をしたので、今日はその違いをどう理解するか、どう受け入れていくかっていうことについて、お話をさせていただければなって思っています。
蛭田
お願いいたします。
新妻さん
わが子とどう向き合うかは、別に発達障害があるない関係なく、全ての親御さんが毎日なさってることだと私は思っています。
「うちの子って」思いながらとか、逆に「うちの子こんなことできるのよ」っていう話だったりとかって、やっぱり我が子と向き合いながら子育てをしてるお母さんから出てくる言葉で、そうだよねって思って聞くわけですよね。
で、先週お話したように、その発達障害とかっていう診断を受けるお子さんから、その周りの近しい、診断まではいかないけど似たような状況があるお子さんたちっていうのは、その違いを親御さんが受け入れていかなくちゃいけないわけですよ。これって結構簡単なことではないんですね。やっぱり苦しいんですよ。
蛭田
難しいと思います。
新妻さん
できないことはできるようにすれば、一見普通になるっていうか、できたから大丈夫って思えるし、これでよかったよかったって思っちゃうので、無理やりいろんなことさせたくなる。親御さんだけじゃなくって、周りにいるその園の先生たちであったりとか小学校の先生たちもなんでしょうね、みんなと同じことをできるようになれって求めちゃうんですよね。
蛭田
そうですね。
新妻さん
だから、この辺は世の中がそういう流れだし、否定できないなと思っているんですけど、私はやっぱりこの支援が必要って言われる発達障害のお子さんたちの立場に立ちたいし、この立ち位置で進むと思っているので、どうやってこの違いを受け入れてもらうかが結構メインテーマなんですよ。
で、違うとですね、やっぱり育てづらい、とか教育しづらい、保育しづらいはある。そこを否定する気はないです。やっぱり。最初の頃でしたっけ、脳に違いがあると。WindowsとAppleのパソコンは違いますよってお話ししました。
皆さんがスマホの機種変しただけで、最初の頃使い勝手悪くてもうパニックになるじゃないですか。
蛭田
はい。
新妻さん
それと一緒ですよ。私たちは自分が経験してきたことは想像ができるので、例えばだったら、廊下走ってる子に「廊下走るな」って声かけるんですよね。それはずっとそういう教育を受けてきたんですよ、私たちが。「やっちゃいけないことはやるな」って教わってきた。でも、やっちゃいけないことやるなって言われて、どうしていいかわからない子は、もうそれでパニックになるんですよね。だから、私が支援してる子たちに、廊下走ってるの見たら「歩きましょう」って声かけるんです。
蛭田
あ、なんか声かけ1つで今すごいフッて、軽くなっちゃった。
新妻さん
うん。全然違うこと言ってるわけじゃないんですよ。やるなって怒ってる方は、「やるなって言われたんだから、何をしたらいいか自分で考えろ」なんですよね。
だから、やっちゃいけないことやるなって言ったら、その先は自分で考えて、自分でやるべきことをやっていけっていう教育なんだけど、ここがうまく進まない子には、何を今してほしいと思って大人が教育してるのかをしっかり言語化してあげちゃった方が早いんです。だから、廊下は走るなじゃなくて歩きましょうですよ。
蛭田
なるほど。
新妻さん
うん、泣いてる子に「泣くな」じゃなくて「何が悲しかったのかな、今はこれをやる時間だから一緒にこれやろうね」の方がいいという、そういう話になってくる。これを自分も実践できていければ受け入れ方も違ってくるんですよ。
ただ、例えば、「うちの子が自閉スペクトラム症っていう診断名をもらった。理解しなきゃ理解しなきゃ」って思っていても、「普通だったらよかったのに」「なんで普通じゃないんだろう」みたいな考えだけがぐるぐる回るので、受け入れましょうなんて無理になってきちゃうわけですよ。
蛭田
うんうん。
新妻さん
よその子と比べるのよしましょうみたいな話は世の中の方も言うし、私も言葉にはするけど、そんな簡単なことじゃないんですね。やっぱり同級生のほかの子ができてたら、なんでうちの子できないんだろうって思っちゃうわけですよね。
うちにはいろんなお子さんたちがお通いなので、小学校1年生でね、教えてもいないのに、もう英語が書けちゃったり、読めちゃったりする天才肌のお子さんもいたりするんです。すごいなって。お姉ちゃんの算数の教科書見るだけで、まだ小学校入学式前なのに、もう4年生、5年生の算数の問題解けちゃうお子さんとかね。でも、そのお子さんが園で、みんなと一緒にお歌歌わなかったりするんですよ。みんなと一緒にお教室に居れなかったりするんですよ。すると親御さんは、「算数なんか小学校行ってから勉強すりゃいいだけで、こんな能力いりません」ってお泣きになる。なので、この、受け入れましょうとか理解しましょうってしつこく私は言いますけど、その裏側で難しいことなんだとはいつも思っている。
でもやっぱり、ここは、「ああ……」って思いながらでいいから、「うちの子ってこういう子なんだな」とか、「うちのクラスにいるAちゃん、Bちゃんは、こういう子なんだな」って思っていただいて、どうやって育てていこうか、育んでいこうかっていうところをご理解いただけるのがありがたい。
蛭田
受け入れるっていうと、やっぱりその当事者ってなった場合に、すごく難しいですけどね。でも、やっぱりこうやってお話聞いてると受け入れられそうな。
新妻さん
そうですか、嬉しい。
蛭田
私もちょっと、自分の子供の小学生の時の話になっちゃうんですけど。先生に「みんなと同じにできてません」って言われたんですね。
新妻さん
ああ、ショック。
蛭田
はい。で、3学期ぐらいになって、「みんな成長してるんですけども、この子だけはちょっと成長が見られません」と。
新妻さん
なるほどなるほど。
蛭田
やっぱ泣きました。なんか辛くて。うちだけ成長してないと。
新妻さん
うん、そうですよね。
蛭田
辛かったんですが、でも、その時に特に診断をもらいに行ったりとかしなくて、今普通に元気なんですけど。
元気ならいいやって、今は思えるようになったんですが、でも、やっぱりその時の気持ちってとんでもなくショックというか。
新妻さん
ですよね。いや、ショックですよ。なんかいきなり目の前が真っ暗になっちゃうわけですから。でも、育ちの過程の中では、その浮き沈みって言うんでしょうかね。いつも右肩上がりに伸びていくだけが正解ではない。3歩進んで2歩下がったって、1歩は確実に育ってんですよ。伸びてるんですよ。
蛭田
そうですね。
新妻さん
だから、それでいいんだっていう考え方や、そこの育つ道筋が、ですよ。
同じ山に登ろうと思った時、同じ頂上を目指してたって、いろんなルートから登っていいんだが分かれば、「うちの子の登るルートはクラスの他の子とは違うけど、その違うルートから登ったって、みんなと同じ頂上に行けばいいんだ」って思えるだけで違ってくるから、やっぱりその違いっていうことを、「仕方ない」って思ってもらうんで十分だと思うんですけれども。「そっか、うちの子はこういう子か」っていう、わが子のありのままの姿を受け入れていただけたらありがたくって。で、さっき言った、その違う山の登り方をする時に、やっぱお母さんが1人だと辛いのは十分存じているので、私どもみたいな人間や、私どもみたいな施設・事業所を使いながら、一緒に歩いてってくださったらいいなっていうのが、受け入れるっていう道筋なのかなって思っています。
蛭田
もう今日も、とてもとても、大きなお話で。受け入れる大切さ、理解をどうしたらいいのかっていうのね、ほんとに貴重なお話を、伺うことができました。
あっという間に今週もお時間となっちゃったので、今日はこの辺で失礼いたします。
みんなでサポトーク。今日は、「児童発達支援センターわくわくキッズ」管理者 新妻陽子さんにお話を伺いました。ありがとうございました。
新妻さん
こちらこそありがとうございました。
蛭田
来週もいろいろなお話を伺います。どうぞお楽しみに。
<終わり>